2003年に誕生した日本ワイン「グランポレール」。キーメッセージである「想いをつなぐ日本ワイン」を深掘りすべく、WINE OPENERでは4つの産地にフォーカスしていきます。生産者や醸造担当者の言葉から見えてくる、グランポレールに宿る魅力とは何か――。今回登場するのは、グランポレールの契約栽培農家である北海道余市弘津ヴィンヤード。弘津 敏さんと雄一さんの親子二人三脚で、「現状に満足せず、常に工夫を加えていくこと」をモットーにぶどう栽培を続けています。インタビューから垣間見えるのは、偽りのない誠実さと、自然を相手にしている男たちの覚悟。前編では、余市弘津ヴィンヤードの挑戦の物語をお届けします。
text WINE OPENER編集部 photo 岡崎健志
道内屈指の産地・余市町で1990年に開園
親子二人三脚で邁進する契約栽培農家
北海道西部・積丹(しゃこたん)半島の付け根に位置する余市は、北の商都として栄えた港湾都市・小樽から車で約30分の距離にあります。よく晴れた日に積丹半島の湾岸線を車で走れば、眼前に広がるのは“積丹ブルー”。この美しい海が育む恵みは、ウニ、エビ、サケ、タラ、カレイ…と枚挙にいとまがありません。かつてはニシン漁の主要漁場として発展した歴史があり、現在も水産加工業が盛んな土地です。
グランポレール北海道余市弘津ヴィンヤードは、ワイン特区に認定されている道内屈指の産地・余市町で1990年に開園しました。ぶどう栽培を手掛けるのは、契約栽培農家である弘津親子。年間平均気温8.1℃という冷涼な気候特性を生かし、「ケルナー」「バッカス」といった繊細で爽やかなドイツ系品種を中心に栽培する一方、「ツヴァイゲルトレーベ」「ピノ・ノワール」など赤ワイン品種の栽培にも取り組んでいます。北海道では栽培が難しいと言われていたピノ・ノワールですが、シングルヴィンヤードシリーズの「グランポレール 余市ピノ・ノワール 2018」は世界最大級のワインコンペティション「Decanter World Wine Awards 2023」で銅賞を受賞。ピノ・ノワールをはじめ、余市産ぶどうが国際的な評価を獲得してきた背景には、弘津 敏さん・雄一さん親子の、ぶどう栽培における並々ならぬ情熱がありました。
日本では作っていないぶどうを
ここで育ててみたかった
―畑に立っていると、とても心地いい風が吹いてきますね。
弘津雄一さん(以下、雄一さん):ここは風がどっちからも吹いてくるんですよ。これはぶどうにとっても心地いいんだと思います。
―1990年に余市弘津ヴィンヤードとして開園する前は、この畑はどのような土地だったのでしょうか?
弘津 敏さん(以下、敏さん):りんご畑です。うちは代々果樹園だったんだけど、90年頃にはりんごの値段が暴落して、農家として喰えなくなってきてね。そんときにたまたまうちの親父があの世に逝ったこともあって、畑をぶどうに変えたって話ですよ。サッポロビールから契約栽培の話もあったし、何もしないでご先祖の土地を殺すのも癇に障るし、じゃあぶどうをやってみようと。
雄一さん:3ヘクタールからはじめて、今は8.3ヘクタール。だんだんと広げていった感じですね。最初にツヴァイゲルトレーベ、次にケルナーを植えたんですが、2000年頃に親父がバッカスをやりたいと会社(サッポロビール)に言って…。
―なぜ、バッカスを植えようと?
敏さん:海外のバッカスを飲んで美味しかったのと、日本じゃ誰もやってなかったからですよ。でもね、一生懸命に育ててもバッカス(「グランポレール 余市バッカス」)はなかなかコンクールで一番になれなくてね。くそったれ!と思いながら頑張ったら、海外のコンクール(第48回インターナショナルワイン&スピリッツコンペティション)でゴールドを獲れた。栽培家として、それくらい努力しているつもりではいます。一年かけて育てたぶどうを、最高のワインにしてもらうんだという想いで出荷してますよ。
―2009年にサッポロビールがピノ・ノワールの栽培を決めたとき、手間のかかる品種を任せられる栽培家は弘津さんしかいなかったと、チーフワインメーカーの工藤さんは仰っていました。栽培家として信頼を得ている弘津さんですが、もともとはりんごからの転作だったわけですよね? どうやってぶどう栽培の技術を高めていったのでしょうか?
敏さん:ぶどうの知識なんて、まったくなかったですよ。当時から近所でワイン用のぶどうを栽培している農家が何軒かいたので、朝早くに誰もいない畑に入って、どんな作業をしているのか見てまわってました。要するに、盗み見みたいなもん(笑)。あとは、そういう同業の集まりというか、ワインづくりの仲間で酒を飲む機会に顔を出すと、ぶどう栽培で大事なことをちらっと話してくれるわけですよ。それを何食わぬ顔で聞いて、その場でメモなんか野暮なことはできないから頭の中にインプットして、自分の畑でやってみる。それの繰り返しですよ。ひとつずつの積み重ね。畑でぶどうを見て触って、あの人が言ってたことはこのことだったのかと、はじめて理解できるわけで。
雄一さん:酔っぱらって聞いてるから、覚えてない話もたくさんあったわけでしょ?(笑)
敏さん:だから同じことを何度も聞いてる。酔っぱらって同じことを二度も三度も勝手に喋ってくれる人もいたし。だって5、6人でワイン20本くらい空けてたんだから、そりゃ。
たかだか30年。
生意気なことは言えねぇ
―ものすごい逸話ですが、りんごからぶどうへ転作をしたときに、土を入れ替えたという話も聞きましたが。
雄一さん:土を入れ替えたというよりも、もともと山なりの畑だったので、表土を削って下層の土が表になるように造成したんです。だからうちの畑は肥料っけがない。土壌診断したら、窒素もリン酸もほぼなかったですから。
敏さん:ヨーロッパあたりでも、土の下のほうまで根を這わせたほうが、いいぶどうが育つって言うし。だからやってみた。
雄一さん:やったらやったで、ぶどうの樹が伸びるのも時間がかかるわけですよ。植えてから3年経てば少しずつ収穫できるところが、うちは6年もかかってしまったわけです。
敏さん:あの頃は俺、もう死ぬかなと思ったよ。先が見えねぇわ、所得はねぇわ、子どもは二人いるし女房はガーガーうるせぇし。
―そんなご苦労が続く状態から、どのようなタイミングで抜け出すんですか? ターニングポイントみたいなものはあったんですか?
敏さん:ターニングポイント…俺ちょっとわかんねぇな。雄一、何かあったか?
雄一さん:ない。
敏さん:ないよな。さっきも言ったけど、ひとつずつの積み重ねなんです。俺なんてたかだか30年しかやってねぇんだから、生意気なことは言えねぇ。息子に経営を譲ったときに言ったのは、とにかく畑を見ろ、毎日見て歩けってこと。ぶどうが病気に罹っているか、いち早く気づけるかが大事。最近は余市も夏場の湿気が高くなってきて、病気が出やすいから、今まで以上に気を配らなきゃなんない。
>>>後編【10月24日(火)公開予定】に続く
弘津 敏(ひろつ・さとし)さん
弘津雄一(ひろつ・ゆういち)さん
北海道余市弘津ヴィンヤードを運営する、グランポレールの契約栽培農家。饒舌な敏さんと寡黙な雄一さんは、選ぶワインの味わいも正反対。敏さんが選ぶ1本は「辛口で、おかずがなくても黙って1本は飲める」と言う「グランポレール 余市ケルナー」。一方の雄一さんが選ぶ1本は「甘いワインが好きだから」と言う「グランポレール 余市ケルナー<遅摘み>」。飾った言葉ではなく、本音を語るふたりの姿勢から、栽培家としての真摯さが伝わってきました。
グランポレール 余市ケルナー
オープン価格
グランポレール 余市ケルナー<遅摘み>
オープン価格
余市の風土を大切にする生産者を弘津さんから紹介してもらいました!
旨味が凝縮した「冷燻」を味わう
余市の港町に工房と店舗を構える「燻製屋 南保留太郎商店」は、北海道余市弘津ヴィンヤードから車で15分ほどの距離。樺太に住んでいた初代が現地の燻製法「冷燻」を余市に持ち帰り、昭和23年に創業したそう。20℃前後の低温で燻製と熟成を繰り返す冷燻法を現在も受け継ぎ、新鮮な地魚を中心に手間暇かけて燻しています。積丹半島の海から吹く冷たく乾いた北風を利用した、旨味が凝縮した芳醇な燻製はワインにもぴったり。ニシンを余市産ワインに漬け込んで燻製した「スモークフィッシュバー」もおすすめです。
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※ワインについては、記事掲載時点での情報です。