CULTURE

GRANDE POLAIRE STORY
~想いをつなぐ日本ワイン~
Vol.10 グランポレール勝沼ワイナリー
多田 淳さん【前編】

2003年に誕生した日本ワイン「グランポレール」。キーメッセージである「想いをつなぐ日本ワイン」を深掘りすべく、WINE OPENERでは4つの産地にフォーカスしていきます。生産者や醸造担当者の言葉から見えてくる、グランポレールに宿る魅力とは何か――。今回登場するのは、グランポレールの醸造を専業で行う「勝沼ワイナリー」のワインメーカー、多田 淳さんです。フランスのボルドー大学で国家資格「DNO(フランス国家醸造士)」を取得し、帰国。テロワールとは何かを学び、その知識と経験に情熱を掛け合わせ、グランポレールの醸造に注ぎ込んできました。前編では多田さんのキャリアを振り返りながら、ボルドー留学で体得してきたテロワールの考え方に迫ります。

text WINE OPENER編集部 photo 岡崎健志

GRANDE POLAIRE STORY 010

日本ワイン発祥の地で
グランポレールのみを醸造するワイナリー

ワイン造りにおいて150年の歴史を誇る山梨県甲州市勝沼。昼夜の寒暖差が大きい扇状地という、ぶどう栽培に恵まれた環境から、1000年以上の歴史を持つ日本唯一のワイン用土着品種「甲州」の栽培でも有名です。勝沼町にはぶどう園が点在し、ワイナリーをはじめ明治期に建造された鉄道トンネルでワインを貯蔵する「勝沼トンネルワインカーヴ」など、ワインに関係する施設も多く見られます。

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「ぶどうの丘」から眺める甲州市
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「勝沼トンネルワインカーヴ」の内部

そんな日本ワイン発祥の地で、グランポレールのみを専業醸造しているのが「グランポレール勝沼ワイナリー」です。開業は1976年ですが、2012年にグランポレール専用ワイナリーとしてリニューアルしました。その目的は、グランポレールの4つの産地「長野」「山梨」「北海道」「岡山」で育ったぶどうの産地特性を表現する、プレミアムな日本ワインを醸造すること。テロワールという考え方に基づき、グランポレールで表現すべきワインとは何かを探求するワインメーカーが今回の主人公・多田 淳さんです。

日本ワインを食文化として定着させること
その夢をずっと持ち続けていたい

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―多田さんは帰国子女だとお聞きしましたが、何歳から海外経験があったのでしょうか?

多田 淳(以下、多田):小3からアメリカのコネチカット州に移り住んで、そこで中2まで過ごしました。アメリカは、日本との食の違いがすごいんですよ。例えば、あちらの給食で、ハンバーガーとポテトチップスなんて日も当たり前にありました。ポテトチップスは日本だとお菓子の扱いだけど、アメリカでは食事だったんです。そういった食文化の圧倒的な違いを目の当たりにして飲食に対する興味を持ったのですが、私がワインメーカーになったのも当時の経験が大きく影響していると思います。

―日本の高校を卒業し、進学した大学でも食にまつわる専攻を?

多田:そうですね。高校生の頃に『パラサイト・イヴ』というSF小説を読んでから、生物学や化学などのサイエンティフィックな領域にも興味を持ち始め、東京理科大学の基礎工学部生物工学科に進学し、大学院にも通いました。この頃から食品や調理に関する現象を科学的な目で見るのは好きでしたね。

―どのようなことを学んできたのでしょうか?

多田:ざっくりと言うと、遺伝子や微生物、タンパク質等のミクロな研究をベースにそれらを医療や食品産業などに応用させる事を目的とした学問、生物工学を学びました。なので、現在の仕事にも学んだことは紐づいています。就職活動をする際は、自分の専門性を活かせる技術職の募集がある食品会社だけを受けて、エントリーシートにも「食文化を築くような飲料及び食品の生産に技術者として携わり、世の方々に幸せを提供したい」と書いていました。結果としてサッポロビールに入社したのですが、就職活動を通して様々な会社を見た中で、原料や技術へのこだわりを強く感じ、そこに強く惹かれたという記憶があります。

―アメリカ滞在時に飲食に興味を抱き、その想いが就職までずっと続いていたということですよね?

多田:はい。私の夢は今も変わらず「食文化を築くこと」です。日本ワインを食文化に定着させる一翼を担うことが出来るこの仕事にとてもやり甲斐と誇りを感じています。

家族の後押しもありボルドーへ留学
ワインメーカーとしてのスキルアップを目指す

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―多田さんは2008年入社ですが、最初の配属先はビール製造の現場だったそうですね。

多田:当社のビール工場の中では最大級の千葉工場で2013年まで仕事をしていました。そこから岡山ワイナリーへ転勤するのですが、ビール醸造からワイン醸造の世界に越境したことで、これまでの経験と現実の様々な違いに直面し、大きなショックを受けまして…。アルコール発酵を経て得られる醸造酒であるビールとワインは一見共通点も多いように思えますが、その原料や歴史的背景、市場、産業の規模などから生まれる各々の思想や醸造の原理原則、現場現物の違いは、自分が想像していた以上に大きかったですね。

―岡山ワイナリーへの配属は大きなターニングポイントだったと想像しますが、多田さんの気持ち的な変化も大きかったのではないのでしょうか?

多田:そうですね。現場でワイン醸造の知識と経験を積み上げ、ワインアドバイザー(現・ソムリエ)の資格を取得したのもこの時期でした。岡山ワイナリーでの経験が長くなるにつれて、日本のワイン市場の現状や当社の立ち位置についても強い関心を持つようになりました。と同時に、長い年月をかけて一大産業としてワインを発展させてきたフランスなどの国々が、どのような視点でワインづくりを行っているのかも知りたくなり…。ワインメーカーとしてさらなるスキルアップを目指すために、会社の海外留学制度に手を挙げました。

―そして、2017年にフランスへ。2018年からボルドー大学DNO(フランス国家醸造士)課程に入学します。フランスには他にも国家資格のDNOを取得できる機関がありますが、なぜボルドー大学を選んだのでしょうか?

多田:ワインの研究機関を含め、歴史的にもボルドーが世界のワイン業界の中でも多くの役割を担っていると思ったからです。もちろんブルゴーニュよりもボルドーのほうが上とか、そういう意味ではありません。当社が扱っている品種などからも、総合的に考えてボルドーだといろいろ学ぶことも多いかなと考えました。近隣にシャトーが多くあって、アカデミックなことだけじゃなくて、実際にワイナリーでの研修も経験できるところも魅力でした。

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―多田さんは帰国子女なので英語は問題なかったとしても、フランス語はどのように習得したのでしょうか?

多田:留学したのは35歳でしたが、これまでフランス語にほとんど接しない人生でしたので0から勉強しました。当然、DNO課程は授業も論文執筆もすべてフランス語ですから、留学が決まった2017年の1月から7月まで猛勉強してフランスへ渡りました。私は英語のアドバンテージがあったので、文法的には理解が早かったんだと思いますし、いま考えるとそれまでの人生がフランス留学の伏線だったのかもしれませんね。

―2017年当時、ご結婚は?

多田:してますよ。ちょうど2016年に次男が生まれたんですが、最初の1年だけ私だけ単身赴任で留学し、DNO課程への入学が決まった2018年から家族もボルドーに来てくれました。ここは許可してくれた会社にも感謝しています。

―それはご家族的にも大きな決断だったのでは?

多田:そうですね。最初の1年は長男も年中で可愛い盛りでしたし、後ろ髪を引かれる想いでした。妻も子供が生まれたばかりで大変だったかと思います。でも、妻が「行くなら今しかない」と背中を押してくれたのは大きかったですね。学生生活を送るにあたり、家族に日々の息抜きや身の回りのことについて支援してもらっていました。いろいろと感謝しています。

本場のワイン文化に触れ
ワインづくりを徹底的に学ぶ日々

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―ボルドーでは、どのような生活でしたか?

多田:ボルドーで生活すると、その中心に存在するのがワインでした。私はワインを勉強しに行ったので当然ですが、観光に訪れる人もワイン目的の人が多かったですし、スーパーに行けば日本では比較にならない種類が並んでいました。観光も含めて市場として非常に成熟しているんだなと感じました。まずはそこが日本との圧倒的な違いと思いました。

―ボルドー大学で受けた授業の様子も、教えていただけますか?

多田:授業はワイン醸造とぶどう栽培のことをはじめ、醸造機器や薬品、ワインの官能検査など多岐にわたりました。同じDNO課程でも基本的なことは他の機関も共通して学ぶと思いますが、ボルドー大学なのでボルドーワインのつくり方をみっちり教わりましたね。ボルドー主要品種のカベルネ・ソーヴィニヨンやメルロー、ソーヴィニヨン・ブランでのワインづくりについてはもちろん、ヨーロッパ品種とアメリカやアジア品種の特性の違いや、ボルドー独自のブレンド文化についても学びました。

―ボルドー大学でDNOを取得した人は、「自分はボルドー派」みたいな感覚はあるんですかね?

多田:教授含め現地で多くの卒業生と出会ってきましが、皆さんめちゃくちゃあったと思います。ボルドー大学のDNO課程が一番だと言う人もたくさんいたような気がします(笑)。どこが一番とか本当はないということも当然知っていての冗談だとは思うんですけど、その地域のワインづくりに対するプライドはものすごく持っていて、そこからこういった発言に繋がるのかな、なんて感じていました。それはボルドー以外でDNOを取られた人たちも皆同じでしたね。私は日本人で客観的な立場なので、「みんな張り合っとるな」と冷静に見てましたが(笑)。

―学んできたことへの自負みたいなものは、多かれ少なかれ誰しもが持つものなのかもしれませんね。多田さんは留学先がボルドー大学で正解だったと?

多田:そうですね。でも、ボルドー大学でワイン醸造のすべてを学べたわけじゃないですからね。例えば瓶内二次発酵のことはシャンパーニュ地方にあるランスで教わることですし、ブルゴーニュ主要のピノ・ノワールやシャルドネといった品種については私もまだまだ勉強しなければいけないと思っていますし。それに世界に目を向ければ、フランス以外にも他ヨーロッパやアメリカ、南半球のオーストラリアや南アフリカなど素晴らしいワインをつくる産地はまだまだたくさんありますからね!

テロワールの概念とは
気候、地形、土壌と人

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―多田さんがボルドー大学で2年間の学びを受け、何を持ち帰れたと実感していますか?

多田:フランスのワイン文化に身を置くことで、単に知識や技術を習得できただけではなく、テロワールに基づくワインづくりの哲学や思想などを理解し、実感できたことが大きな収穫でした。テロワールの概念はここ10年20年で構築されたものではなく、紀元前からワインをつくってきている土地で長い年月をかけて築き上げられたものだということを肌で感じることができましたからね。あ、ちょっと脱線するかもしれませんが、ひとつボルドーの歴史の話をしてもいいですか?

―ぜひ聞かせてください!

多田:ボルドーの赤ワインというと、どんなイメージを持たれますか?

―どっぷりと濃厚なワインでしょうか?

多田:そうですね。でも、そのボルドーのイメージが定着したのは実は途中からなんです。ボルドーで最初につくられていたのはクラレットと言って、明るく澄んだロゼのようなワインが主流でした。やがて貿易摩擦により市場競争が激化することで、市場はより安価のスペインやポルトガルワインに流れるんです。しかもこれら国々でつくられていたのは割と濃いめのワインでした。クラレットが定番だったボルドーは、この状況を打破するためこれらワインを模倣し、よりタンニンが抽出され、骨格がある複雑なフルボディのワインを目指したと学んできました。このようにボルドーの例を一つ見ても、テロワールの概念はその土地の気候、地形、土壌の特性だけから生まれたという単純なものではないということがわかるんですよね。

―なるほど。つまりボルドーでは遥か昔、濃厚なワインに対する需要の高まりから「自分たちも造ろう!」という動きがあったわけですね。

多田:はい。産地の特性から生まれるワインの個性を表現することがテロワールと捉えがちですが、マーケットやお客さまのニーズといった歴史的な背景もその土地のワインの個性を形づくってきており、テロワールの概念に含まれるんだと理解してきました。つまり、テロワールの概念には気候、地形、土壌以外にも歴史をつくってきた「人」というファクターがあるんですよね。当然私たちワインメーカーも、その土地で育ったぶどうによってできるワインの個性を引き出すために、どういった手法で醸造をするかを選択するテロワールの重要なファクターのひとつだと認識しています。

―それらをすべてひっくるめて、テロワールなんですね。

多田:そういったテロワールの概念を知ったうえで、自分たちがつくる日本ワインとはどういうものなのか、産地によってどういう特徴があるのか、何が適した品種なのか…などの細かいところまで考えが及ぶようになったことが、ワインメーカーとしての大きな収穫だったと思います。

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>>>後編はこちら

 

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グランポレール勝沼ワイナリー
ワインメーカー
多田 淳(ただ じゅん)さん

2008年にサッポロビールへ入社し、ビールや発泡酒の醸造に従事。2013年にサッポロワイン社岡山ワイナリー製造部(現・岡山ワイナリー生産部)に異動し、ビール醸造からワイン醸造の現場へ。2017年にフランスへ渡り、翌年からボルドー大学DNO課程に入学。格付けシャトーでの研修などを経て、2020年にDNOを取得。2020年からグランポレール勝沼ワイナリーのワインメーカーとしてブランドの未来を担う。幼い頃から「人を喜ばせる職業に就くこと」を夢みてきた。

■My favorite GRANDE POLAIRE

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グランポレール 安曇野池田ソーヴィニヨン・ブラン<薫るヴェール>2022
オープン価格

多田さんの留学先であったボルドーはソーヴィニヨン・ブランの産地で、研修先のシャトーでも徹底的に特性を学んできたそう。その知識と経験を集約させ、安曇野池田ヴィンヤードで育ったソーヴィニヨン・ブランの個性を存分に引き出したのが、この「グランポレール 安曇野池田ソーヴィニヨン・ブラン<薫るヴェール>2022」である。パッションフルーツやグレープフルーツを想わせるトロピカルな香りは、多田さんが安曇野池田ヴィンヤードのテロワールを見極め、そのポテンシャルを引き出した唯一無二の個性。「私がボルドーで学んだことを表現できた成果のひとつ」と言う。

 

国家免状「DNO(Diplôme National d’Œnologue)」とは?

ワイン醸造士はフランス語でŒnologue(エノログ)と呼ばれ、科学的・技術的知識をもとに、ワイン専門分野の職務を行なうことができる技術者です。フランスでワイン醸造士を名乗るには、国家資格であるDNOの取得が必須。この資格はフランスのボルドー、ディジョン、モンペリエ、ランス、トゥールーズにある5つの大学(及びその関連機関)で、ぶどう栽培及びワイン醸造に関する専門課程を修了し、ワイナリーなどで実務研修を終えた者に与えられます。ちなみにDNO課程のある大学に入学するためには、生命科学、化学、農業生化学等分野の学士号もしくは同等の教育課程免状を取得している必要があります。ボルドー大学の場合は定員60人に対して例年約400人の応募があり、狭き門を突破しなければなりません。ちなみに多田さんは、ボルドー大学でDNO取得した9人目の日本人。

 

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※ワインについては、記事掲載時点での情報です。

 

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